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2014年6月18日 (水)

355.閣議決定で国権は変えられない

憲法改正をすっ飛ばして「集団的自衛権の行使」を憲法解釈の変更で閣議決定すると言い始めたかと思ったら、今度は、「自衛権発動の要件」というごまかしが始まり、実を結びつつある。

しかし、国ができること、つまり「国権」は閣議で決められることではない。憲法が禁じていることを閣議決定で要件を付けたらできると考える独裁者な内閣は総辞職をすべきだ。

閣議決定とは、「実務上行われている内閣の意思決定の一形式。憲法または法令に定められた法律案・政令・予算など内閣の職務権限として明示された事項および保管重要な事項について行われる」(大辞林)とかいている。

法律にはなんと書いてあるか。

 内閣法第四条 内閣がその職権を行うのは、閣議によるものとする。

つまり、内閣とは憲法と法律に定められた職権を行うだけの存在だ。法律を編んだり、改正したりするときには、法律案を閣議決定して、意思一致させて国会に提出する。

 憲法第四十一条  国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である

だからだ。

内閣府では「閣議決定」を国民に対して次のように説明している。

閣議決定 憲法及び法律により内閣の意思決定が必要とされる事項や、法令上規定がない場合でも特に重要な事項について決定
http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/gijiroku/sagyou1/1siryou5.pdf

「憲法及び法律により内閣の意思決定が必要とされる事項」であり、そのよってたつ憲法に書いてあることをはみ出る解釈を決定してよいわけではない。また、武力行使については「法令上規定がない場合でも特に重要な事項」どころか、憲法に明確過ぎるほどに規定されている。

 第九条  日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

 これを変えるには、憲法の改正が必要であり、法律よりも格段高いハードルが設けてある。

 憲法第九十六条  この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。

野党を仲間はずれにした首相のお友達(内閣)が集まって、「やっぱり、要件をつけて行使したいよぉ」とゴネて決めていい話ではない。

なぜ、こんなことが分からないのか、分からない。

だが、憲法も辞書も読めない独裁者が出てしまったのが現実だ。

国会がその独裁者を選んでしまい、良識ある多数によって引きずり下ろす意思も見せない。その情けない構成員を選んでしまったのはバカな私たち国民だ。だから腹が立つ。だから、もう一度、憲法を読みなおしてみることも大切だろう。

憲法前文(抜粋)  日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。(略)日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ

憲法第十二条  この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

言論の自由があるうちに、何度でも言う。

憲法が禁じていることを「閣議決定で要件をつけたらできる」と考える独裁者は内閣を辞職をすべきだ。

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コメント

 本質的なことは、憲法とは何かという話だと思う。憲法とは、立憲民主主義による制限規範である。立憲民主主義とは、一言でいえば多数決の限界を定めること。憲法でいえば、そうした権利が基本的人権である。
 憲法は、人権規定と統治規定に分かれるが、統治機構においても「立憲民主主義による制限規範」であることは同じ。閣議決定は、内閣の全会一致によるが、内閣の選出が基本的には多数決現地に他ならない。だって、内閣総理大臣は国会議員の多数決で選ばれ、多数決に基礎をおく内閣総理大臣が他の国務大臣を選任し、内閣を構成するのだから。憲法で決めていることは、そうした多数決原理の限界のカタログである。それが立憲民主主義であり、それが法の支配である。憲法の改正は、その規定通りの改正手続きしかできないものなのである。
 この基本の話がわからないと、通常、大学の憲法講義は単位はもらえない。

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