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2013年3月26日 (火)

202.坂本龍馬が渡った肱川(ひじかわ)の行方

ここからの続きであることになる。
 
2013年 1月22日、霞ヶ関合同庁舎の一室で、
 
Photo_2愛媛県大洲市、
坂本龍馬が脱藩したときに通った橋が保存されている、
肱川の支流「河辺川(かわべがわ)」の下流に計画のある
山鳥坂(やまとさか)ダム。
 
その他3つを含む4つの「ダム検証の検討」が行われた。
 
「ダム検証の検討」とは何か。
 
山鳥坂(やまとさか)ダムの場合、
検証」はダム事業者である四国地方整備局が
国土交通省が設置した“有識者会議”がつくった「中間とりまとめ」に沿って
ダムの妥当性を検証する。
 
検証が終わると、国土交通省が設置した“有識者会議”が
自らがつくった「中間とりまとめ」に沿って検証が行われたかを「検討」する。
 
ザクっと言えば、お手盛りの二段重ねのような手続である。
 
この日も、検討は、他3つのダムを含めて2時間で終了。
 
有識者が、延々と国交省本省事務局のご説明に耳を傾け、
多少の質疑をしておしまい。
 
結論はいつもと同じ。
中川博次座長が下記のいつもの事務局メモを読み上げて終わった。
 
 「この計画は、基本的には、中間取りまとめで示した
  共通的な考え方に沿って、検討されたと考えております。
  そういったことでよろしゅうございますか。」
 
繰り返して書くが、
中川博次座長は、事実上、河川ムラの村長であり、 
三本木健治委員(明海大学名誉教授)は元河川局次長だった。
 
一度だけ、これまでの検討で、
「中間とりまとめ」に沿っていないという指摘が出されたダムもある。
 
 石木ダム(長崎県)がそうだった。
 「土地所有者等の協力の見通しはどうか」という項目が
 それに反するとの指摘が、河川ムラ住民以外の一人の委員から繰り返された。
 それでも構わず、「継続」という「検証結果」が踏襲された。
 
 「地域の同意を得られるよう希望する」という付帯意見までついたが、
 次のコマで紹介するように、3月22日、23日には、13世帯の暮らす地域の
 強制収用が可能な土地収用法に基づく事業認定手続に入った。
 
山鳥坂ダム計画でも、漁業権を持つ漁協が強固に反対を続けている。
 
「土地所有者の協力の見通し」に類すると思われる漁業権の観点からは
中間とりまとめ」に反しており、情報が提供されずに、そのことが
検証で見落とされたケースではないか。
 
案の定、この有識者会議のお墨付きを得て
国交省が山鳥坂ダム継続という方針を示したことに対して、
 
2月18日、肱川漁業協同組合(組合長 楠崎隆教)、
長浜漁業協同組合(組合長 中原文男)ら7団体は
改めて山鳥坂ダム建設への反対を表明した。
 
ところが、国交省は、再開が決まったとして、
地権者と3月2日にダム補償協定を調印した。(愛媛新聞にリンク
 
利害は真っ向から対立している。いや、どちらも被害住民だ。
しかし、利害を適正に判断できる立場の者がいない。
 
山鳥坂ダムのご当地である愛媛県大洲市では過去に
 
・旧自民党政権のときに、大洲市議会の反対決議もあいまって
 いったんは自民党連立与党が「中止」を判断した。
 
・県知事の要請と国交省の抵抗で「継続」がごり押しされ、
 大洲市民が住民投票条例の直接請求を行った。
 
・寸前に、多目的ダムを治水専用ダムに改変させることで
 市民の声を反映したことにして議会が住民投票条例を否決した。
 
・この「ゾンビダム」の工事事務所長が、現在では大洲市長である。
 
つまり、住民の利害を調整すべき基礎自治体が、
ダム事業推進のために、治水のあり方を歪め、
国交省の植民地になってしまった。
 
自治や治水や川を自分たちの手に取り戻せるかどうか、
それは、肱川流域に暮らす人々の良識と不屈の気持ちによって決まる。
 
今週末の3月31日(日)、先述した肱川漁業協同組合(組合長 楠崎隆教)、
長浜漁業協同組合(組合長 中原文男)らにもう1団体が加わった8団体が
改めて反対集会を開催するのだと連絡が入ってきた。
 
日時:2013年3月31日(日)1:30~
場所:愛媛県大洲市東大洲 市民総合福祉センター
 基調講演:「あるべき治水対策」 
      今本博健 京大名誉教授(河川工学)
 「全国のダム検証の現状とこれから」
  遠藤保男 水源開発問題全国連絡会 共同代表
 「山鳥坂ダムはいらない市民の会」設立など
 問い合わせ:0893-23-3524(玉岡さん)
 
権力が住民の暮らしをつぶすことが日本各地で起きている。
次々と警鐘を鳴らしてもかき消される。
 
それでもかき鳴らさなければ終わりだ。
 
 
 
 

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肱川というか、山鳥坂ダムの話ですが、補注つきで愛媛新聞社説を紹介したことがあります。
http://blogs.yahoo.co.jp/kajiken76xyz/61747954.html

肱川というか、山鳥坂ダムの話ですが、補注つきで愛媛新聞社説を紹介したことがあります。
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