169.伝説の内務官僚 現る(続き)
伝説の内務官僚 現る の続きです。
「伝説の技師」という枕詞にふさわしく、響きも漢字も
ド迫力のある内務官僚、鷲尾蟄龍(わしお・ちつりゅう)氏から
資料を託された官僚出身の研究者・岡本芳美氏は、サラリと衝撃の事実を語った。
「あれはね、1メートル堤防が低かったんですよ」
「えっ?今なんとおっしゃいました?栗橋でですか?」
「そうですよ」
「栗橋、あのカスリーン台風で堤防が切れた?」
「栗橋のちょっと上流の新川通(しんかわどおり)っていうところですけどね、
そこが切れた場所ですけど、
300メートルほど、堤防が1メートル低かったんですよ。
そこから溢流していって決壊したんです」
「その下流の東部鉄道鉄橋に流木が溜まっていって溢れたんでは?」
「いや、堤防が低かったんです。
米軍が当時、空から写真を撮っています。
堤防の上に人が立って、
溢流しているのを眺めている写真もあります」
「そ、そ、それは・・・お、お持ちですか」
「ええ」
「ええええ???初めて聞きました。」
「タブーでしたからね、堤防が低かったっていう話は」
「タブー?つまり河川行政の失態だから・・・」
そして、それが送られてきた。
電話をくださった日に郵送してくださったのだ。
おおおお。
米合衆国国会図書館所蔵品。おおおお。
半世紀前の写真なのに見覚えがある。
こ、ここは・・・・?! 今で言うここだ!↓
当時の写真の様子でも、半世紀を経て昨年撮った写真でも
遠くに東武鉄道(現・東武日光線)鉄橋がうっすらと見える。
岡本氏の述べた通り、決壊箇所はそのもっと手前の新川通。
上記写真で堤防道路が太くなっているところが
決壊が始まった下流端付近。
地図で確認をすると、今パブコメにかかっている
利根川水系河川整備計画原案(P.7、P.8、P.54)で位置づけようとしている
首都圏氾濫区域堤防強化対策 が進められているところだ。
(嶋津暉之氏の開示請求による調査で堤防1メートル当たり約400万円の巨額事業だ)
たしかに、利根川水系河川整備計画原案 P.9で
「利根川本川右岸埼玉県北埼玉郡東村新川通地先(現加須市)
においては、堤防が最大で 350 m も決壊した」と書かれている。
しかし堤防が低かったことは今でも治水の沿革に書かれていない。
堤防が脆弱だった事実を隠し、決壊の原因を隠したまま、
ひたすらダムを建設すれば大丈夫だと言って半世紀を浪費し、
そのうち、事実を知る世代がいなくなってしまったのではないか・・・。
脆弱で、堤防脇で漏水して(↑クリック拡大で左下写真を参考のこと)
今になって大げさな首都圏氾濫区域堤防を計画している。
利根川流域市民委員会の企画に参加して堤防を歩いたときに
遭遇したこの地点が、これら上記の写真を撮った地点だ。
・・・電話での会話に戻る。
「岡本先生、鷲尾蟄龍さんですが、
今、伺いながらネット検索すると、論文1件がヒットしました。」
「え?僕はいくら探しても1件もヒットしなかったけど」
「山本 晃一さんという方が書いた
復刻解説/鷲尾蟄龍と河川技術 (復刻 河川技術者の常識)という論文です」
「そうでしょ。彼はね、自分では本を書かなかったんですよ。
お釈迦さんは自分では本を書かなかったけど
弟子達が書き残したでしょう?あれと同じです。
鷲尾が言ったことを周りが彼がああ言ったこう言ったって
書きとめる、伝説の技師だったんです」
「鷲尾蟄龍さんは一体なぜ、岡本先生に資料を託したんでしょう?
岡本先生はこれを今になって紐解かれたわけですね」
「皆さん持っている資料だと思っていたんです。お持ちではなかったんですね。
国交省は暴走をしています。
カスリーン台風で2万1千トンが流れたなんて。あり得ません。
比流量 英語でSpecific Dischargeと言いましてね、
1平方キロメートル(キロが抜けていました訂正&お詫び)
あたり何立方メートルの水が流れるかですが
2万1千トンが流れたとしたら、
日本の国土ではありえない比流量になります。
昔は、暴走を止める人がいたんです。
今は、○○ ○が河川局を牛耳っています。
誰も暴走を止める人がいない。」
「はい」
「昔は、暴走を止める人がいたんです。
私が渡良瀬遊水地の工事事務所にいた時にこんなことがありました。
渡良瀬遊水地(に水を入れるの)は越流堤にしようとしていたのが
水門がいい、効率が良いからということになりかけていた。
暴走です。当時は台風がいつ来るかなんて予測技術はなかった。
だから、水門は効率はいいかもしれないが、
人為で開け閉めするなんて誰も責任が持てない。
でも、もう水門に決まりかけていた。
そこに、横田周平という土木研究所の所長が来て、こう言った。
『管理する所長が自殺してもいいのか!』
いつ来るか分からない台風に対応するなんてできない。
もしも失敗したら所長が自殺することになるがそれでいいのかと。
それで水門ではなく、越流堤になった。
今は暴走を止める人がいません。
暴走を止めたいんです。
そうでなければ、八ッ場の次のダムも造ろうとするでしょう」
・・・岡本芳美さんは、その託された資料を論文にまとめて発表されると
電話をかけてきた。
研究者であればこれから発表する内容を電話で教えてくれたりはしない。
まして、貴重な写真を挿入して送ってきてくれたりはしない。
ジャーナリストが個人的に発信しているブログに
「今の話を書いてもいいかと聞かれて」もどんどん書けとは言わない。
伝説の内務官僚が岡本氏に私に、次へつなげと言っているかのようだ。
声が聞こえてくる。
「流域の人が利根川をとにかく隅から隅まで歩く。それしかありませんよ」
宮本博司さんの声だ。
「今年も年末年始で70キロぐらい歩きましたよ。いつもです。
歩いて役人より詳しくならないと。僕らがもっと詳しくならないと」
田中利勝さんの声だ。
始まりなのか、終わりなのか。重くて涙が出てしまうよ
。

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岡本芳美先生の「開水路の水理学的解説(鹿島出版会)」、理論と実践を包括した名著と思います。お世話になっています。現場、現物はシビアです。現実と合わない河川計画を推進するのは、中長期には誰のためにもならない。業界のためにも岡本先生の活躍に期待します。
投稿: | 2013年2月16日 (土) 23時38分