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2013年1月20日 (日)

155.利根川に1997年が来た(ウナギが問う1)

利根川シンポジウム「ウナギが問う! 
 
問題提起と報告で示されたことを順不同で整理しておくと以下の通りだ。
 
浜田篤信さん(元・茨城県内水面水産試験場長/現・霞ヶ浦漁業研究会)
がまとめたデータによれば、
 
○利根川ではニホンウナギの漁獲が1967年から年率7.5%の減少、
 全国では1970年から4.7%づつの減少を辿っている。
○この減少時期と水系指定(水資源開発促進法による)の時期は一致し、
○ニホンウナギの減少とダムの利根川のダム累積数は相関している。
 ウナギ漁獲量の減少率はダム一基につき約15%だ。
○シジミの減少傾向とウナギの減少傾向も一致、
 二つの減少は同一の原因で減少している
○その主因は河川工事であると考えるべきではないか。
 
「私が言っていること、本当でしょうか?」と、
分析を試みたばかりの浜田さんが、聴衆に考えさせながらも
自身も驚愕をしながら報告されているのが印象的だった。
 
○利根川の親ウナギの漁獲は減っているものの、それとは反比例で、
 日本全体における利根川のシラスウナギの依存度は高まってきた。
 
とのデータも示された。日本で国産ウナギを食べ続けていくためには、
利根川の生態系を保全していくことが重要なのだ。
 
飯島博さん(アサザ基金・代表理事)は、
浜田さんが分析した河川開発と共に漁獲が減ったというデータは
漁師の感覚とも一致すると、アンケート結果をもとに述べた。
 
これに対する霞ヶ浦におけるウナギ回復に向けた提案は
海の出入り口である利根川の常陸水門(ひたちすいもん)を柔軟に開閉して
シラスウナギが入ってこられるようにすることだ。
 
霞ヶ浦は、本来は、海水と湖水が出入りする汽水湖だ。
 
しかし、現在は、利根川の出入り口に「常陸水門」が設けられ、
農作物への塩害を防ぐ、水道水、工業用水を取るという理由で、
霞ヶ浦に貯まった水を洪水時に吐くために水門は開くが、
海からは、海水が入ってこないように締め切っている。
 
これを塩害が起きないタイミング(がある)を見極めてゲートを上げ、
シラスウナギやアユの稚魚が入ってこられるようにしたら
漁獲が上がるではないかという提案だ。
この提案は自民党政権時代から民主党政権時代まで、長年行っている。
 
その間、水門操作の故障で、水門が閉まらず、海水が入ってきた期間がある。
するとその後、見事に漁獲が上がったのだと言う。この時の額をもとに試算すると、
飯島さんの計算では常陸水門の柔軟運用で300億円を超える効果がでる。
 
常陸水門の操作規則を変える前に、まず、
試験的に試してみたらよいではないかとの柔軟な提案だ。
 
河川法は、治水、利水、河川環境の保全を目的とする法律だ。
その河川法16条の2に基づいて河川整備計画を策定するときには、
「開催等関係住民の意見を反映させるために必要な措置」を取るとされている。
 
利根川水系の河川整備計画を策定する際の大前提は、
行政にはない知恵と知見、経験と教訓を人々から吸い上げて
よりよいものにすることである。
 
前者の浜田篤信(はまだ あつのぶ)さんは、
 茨城県の内水面、つまり霞ヶ浦や利根川、那珂川などの
 漁業資源について調査研究をする内水面水産試験場長を務められた方だ。
 古くは霞ヶ浦へ流れ込む農薬、焼却炉から排出されるダイオキシン、
 東電事故以後は放射能汚染調査まで、
 霞ヶ浦の漁業資源や生態系を阻害する原因物質と向き合ってきた。
 浜田さんらによる環境教育の場を取材させていただいたことがあるが、
 霞ヶ浦をフィールドに遊び学ぶ若者や子どもたちの「考える力」は
 鍛えられた観察眼に基づくものに育っていて
 ビックリするほど深いことに驚いたことがある。
 
後者の飯島博(いいじま ひろし)さんは、
 今回のシンポジウムの名付け親でもある。
 霞ヶ浦とその地域を再生する「市民型公共事業」と称される
 「アサザプロジェクト」を1995年に立ち上げたアイデアマンだ。
 住民参加を飛び越え、市民の発想に「行政参加」を促す積極姿勢で突き進んでいる。
 アサザ基金のスタッフ達は密かに「飯島マジック」と呼んでいる。
 彼が言っていることはいつの間にか実現してしまうからだ。
 
 行政のみならず学校や農家、企業を巻き込んで、
 環境を保全する人材の育成を行い、その結果として、
 環境を保全しているのかと思いきや、地場の産物を使った商品開発を行って、
 地域おこしと一体となっている。その結果、環境が保全されていくという構想だ。
 この成功例を広げたいという地域からは引っ張りだこである。
 会場にはワクワク感が広まり、会場からは利根川全体での「市民型公共事業」は
 可能だろうかと質問が出た。
 
 市民型公共事業と言えば、常陸水門の柔軟運用にもオマケがある。
 水門の直上流で取水し、常陸水門の柔軟運用をできない理由に使われている
 農業用水についてである。常陸水門の直上流での取水の代わりに
 もっと上流で取水され、すぐ近くまで運ばれてきている鹿島工業地帯で
 4割余っている水を企業が売ればよい。農作物への塩害リスクもゼロになり
 常陸水門を柔軟運用して漁獲もあがる。みんながハッピーになるというアイデアだ。
 
利根川水系河川整備計画策定に向けるヒント
浜田さんによる利根川における河川開発による環境影響事後評価と
飯島さんによる市民型公共事業の発想を
20年~30年の期間を持つ河川整備計画に位置づければ、
過去から未来へとつながる地に足がついた夢のある社会実験(計画)となる。
 
縦割りにこだわらない発想で、地域密着で、地域の公益を考える。
これは中央集権ではできないことであり、
河川環境の保全と住民参加がセットで改正された1997年の河川法改正は
実に意義深かったわけである。
 
それを15年間にわたって利根川水系河川整備計画を策定せず、
国土交通省が不作為を続けるうちに
流域住民は、ようやく互いに知恵と教訓を共有し始めた。
利根川が流域住民によってその価値を再発見されるのはこれからだ。
 
利根川にようやく1997年が来た。
 
続きは、ラムサール条約と生物多様性条約と河川整備計画の関わりについて。
 

写真は開場前から準備完了!のタイムキーパーズ
Photo
 
 

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