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2012年12月23日 (日)

139.コンクリートから人へはなんだったか(4)

(続きです)

ところが「今後の治水のあり方に関する有識者会議」はそんな議論はしない。自民党時代と変わらない「これまでの治水のあり方を継続する有識者会議」になりはてた。本来は地域の人々で知恵を絞るべき問題が、地域の宝の勝手な囲い込みとでも言うべき「霞ヶ関官僚の縦割り」の範囲でしか議論しない。「コンクリートから人へ」は、霞ヶ関利権から地域を地域の人々の手に返すことをも意味したはずが、民主党は方向性を是正することなく放置した。

それもそのはず座長である中川博次・京都大学名誉教授は今でも霞ヶ関を頂点とする河川ムラ業界のトップだったのだ。「いままでダムを推進してきた人でなければ変えることができない」という奇妙な理由による人選の結果がこれだが、いままでどころか、現在も官僚とゼネコンにかしずかれ、ダム関連事業に注がれる血税で生きながらえる組織のトップである。私自身がそう気づいたのは、うかつにも「水資源開発促進法 立法と公共事業」を書いている時だった。

一般社団法人ダム・堰施設技術協会理事会
Photo_3

さて2012年12月17日の議論である。1時間以上、延々と「ご説明」が続いた後、いつものように、鈴木委員が「ではまず平取ダムからですが」と説明された順番に意見を述べ始めた。最初の質問は、ダムに貯まる土砂についてである。ダムには、100年でどれだけの土砂が貯まるかという計算する堆砂計画が立てられる。しかし、予測よりも早くダムが土砂で埋まる、その対策費が正しく見積もられていない問題は全国各地にあり、会計検査院もその費用便益計算が不適切であることを指摘した。鈴木委員の指摘は平取ダム計画におけるそのおかしさについてである。

鈴木委員「アクロバティックな計画ではないか。5ページに平取と二風谷の堆砂形状が書いてあります。堆砂計算をされたということですが、平取と二風谷でなぜこんなに違うのか。二風谷では平成15年(2003年)に土砂がたまったのでと。平取には、平成15年は入れていないんですね。」

国交省「・ ・ ・」

鈴木委員「平取ダムは二風谷ダムのようにはドサっとたまらないということなんですが、平成15年の土砂が入った時にどうなるのか。平取ダムのときはちゃんと流れる、たまらずにということなんですか?」

国交省「・ ・ ・」

鈴木委員「うまくいきますよというストーリーですが、平成15年のような土砂の出方をしたときにうまくいくのか?500立米だと思っていて4000立米がくるという考え方に変えなければならない。流域の計画論としては別のものがあるのかなと感想なんですが」

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参考資料1-2 沙流川総合開発事業平取ダムの検証に係る検討 補足説明資料
http://www.mlit.go.jp/river/shinngikai_blog/tisuinoarikata/dai28kai/dai28kai_ref1-2.pdf 

何度目かの問いに、国交省はついに、なんの根拠も示すことなく、「現時点では大丈夫ではないか」と答える。これに鈴木委員が「ある程度機能するというではダメだ。絶対平気だと言ってくれなくては」と珍しくはっきり言い返すと、中川座長が割って入って「土砂量の根拠がかなりちょっと無理をしているのでは。ま、なかなか、難しい。#$%~|= ・・・」と途中から私の席からは聞き取れなくなった。

中川座長の話は毎度、途中から「音」になる。話の筋が見えず単語も聞き取れない。卓上マイクの使い方が分からないのか、マイクから口を遠く離して話すので、時折、会議室の後ろ記者席から「聞こえません。マイクに口を近づけてください」と大声で要望すると、老人介護のような仕草の優しいお姉さんが後ろからハンドマイクを持たせてあげるという場面を目にすることになる。

この日、鈴木氏は諦めず、「(土砂の計算に)20個以上の係数が用いられており、流量別に係数が違うというのは、最近の言葉でいえば、レジリエンスというか堅牢性が必要ではないか」と食い下がる。

これに今度は、道上委員が割って入った。「大出水のときには土砂が流れる。これ、一旦溜まって後で流れることもあるでしょうが、濁度の問題が発生するんやないかとか。今までは上流の平取ダムはないんですけど、下流に漁業に影響がにごりであるのではないか」

ダム建設計画のずさんさの一つである堆砂計画の重要な点が指摘されたにもかかわらず、全く関係のない濁りの話に変えてしまったのである。

国交省は先に道上委員への質問に答えたあと、「係数」を「定数(じうすう)」に言い換えて、鈴木委員の問いに次のように回答した。「定数を、100年間の堆砂の再現をするということで、実測に合うような定数にするということで誤差を少ないものを採用する結果でそうなっている」

つまり、係数を使って堆砂を予測することになっているにもかかわらず、洪水ごとに違う係数を使っているのでは予測に堅牢性がないとの鈴木氏の指摘に対し、国交省の回答は実測に合わせると係数(定数)がバラバラになるというもので、つまり「定数」の意味がまったくないことが暴露されたことになる。数式を使って堆砂計画を立ていたことはまったく無意味であり、かずかすの問題が指摘されてきたのも当然である。

会計検査院が指摘したダム事業の費用便益計算の問題に大きくかかわっており、単に平取ダムの議論にとどまらず、今までのすべてのダム検証はなんだったのかという話につながる話である。ところが、この話を中川座長は問題とせず、ここでも何の差配もせずに終わるのである。

(続く)

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