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2012年12月23日 (日)

138.コンクリートから人へはなんだったか(3)

ここここからの続きです。

さて、2012年12月17日の今後の治水のあり方に関する有識者会議である。いつもの通り2日前に開催が発表され、1日前の正午に締め切られた。最初は開催案内に議題の発表すらなかった。そのおかしさを指摘する声に気づいたのか、ようやく開催案内に議題となる事業名が載るようになった。

沙流川総合開発事業 平取(びらとり)ダム【北海道開発局】
成瀨(なるせ)ダム建設事業【東北地方整備局】
木屋川(こやがわ)ダム再開発事業【山口県】
柴川(しばかわ)生活貯水池建設事業【徳島県】

この4つのうち平取ダムは「沙流川総合開発事業」とされているように、単独の事業ではない。先に建設された二風谷ダムとセットで、1960年代に苫小牧東部開発計画(苫東)を支える遺物である。苫東に誘致されるはずだった水を大量に使う重工業をあてにして立てられた計画だったが、国交省のウェブサイトにも載っている通りに40年が過ぎて未だに空き地だらけである。破綻したのである。二風谷ダムの水は一滴も使われず、その水代は北海道が企業から徴収するはずだったが国民の税金から肩代わりされることになった(*)。

単純に考えれば、再生可能エネルギー基地にして、税金を使わず民間企業の金で地域を活性化し雇用を確保する道はあるはずだ。それが本来の「コンクリートから人へ」ではなかったのか。ところがハコモノ(コンクリート)の代表格である「苫東」や「沙流川総合開発事業」の旗を降ろすことなく、もう一つ建設しようとしていうのが平取ダムだ。頭がねじ曲がる不思議な計画だ。

先に作られた二風谷ダムは単に水余りで税金で尻ぬぐいをしただけではない。もともとアイヌの聖地「チプサンケ」を破壊して国際法違反だと裁判所に断罪されながらも、完成してしまったのでという事情判決で使うことが許された。しかし2003年8月9日の台風10号で洪水を引き起こして住民が勝訴。二風谷ダムの決壊を防ぐために放流するのに流域と川を結ぶ水門を開け放して職員が逃げてしまったので、地域に大洪水が引き起こされたのである。治水にも治水にも役に立たないのにアイヌ文化を破壊して三重に迷惑な施設になっている。

これに加えてそのわずか数キロの上流に「平取ダム建設」が必要だというのは、「平取ダム」ではなく「建設」という「仕事」や「雇用」が必要であるというだけではないか。

Photo_2
参考資料1-1 沙流川総合開発事業平取ダムの検証に係る検討 概要資料http://www.mlit.go.jp/river/shinngikai_blog/tisuinoarikata/dai28kai/dai28kai_ref1-1.pdf

(*)こうした一連の水余りについては『国の認可ナシでも思川開発は国からの補助金を受給 「水余り」を生む詐術としてのダム』 (週刊金曜日)をご覧ください。

(続く)

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