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2012年10月17日 (水)

88.利根川・江戸川有識者会議(10)終わらない悪夢

寝オチしてしまった。
夢の中で仕事をして「終わった~!」とスッキリして目が覚める。
が、その幸せなひとときは10秒ぐらいで、「はぁ~夢か・・・」と終わる。

さて、昨日(10月16日)行われた第7回の利根川・江戸川有識者会議
前のコマとその前のコマで書いた前回の議論が再び中心となった。

その有識者会議取材で私がどのように触発されたかということを
自分が忘れないように、学者系のMLに書いたことを別のMLで感想として
書いたことを記録として残しておきます。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
昨日の利根川・江戸川有識者会議で、
座長のやる気のない、官僚に言われたままの、
性能の悪いロボット程度の司会ぶりを見ていてキレました。

一方で、盛んに議論をいどむ大熊孝氏、関良基氏、野呂法夫氏の
3人の熱意を見ていて(詳細を書かなければ傍聴されていない方には
分からないかと思いますが)、この姿が本当だと思いました。

あの雰囲気の悪い有識者会議の中で、
正論を闘わせるのは本当に苦痛であろうと心中を察します。

そして、考えてみると、

福島第一原発事故が起きたのは、政策決定プロセスに深く関与しながら、
当たり前の独自の思考をせず、むしろ思考を停止させ
官僚のシナリオに沿った結論を導くことに加担してきたムラ社会の
「学者」のせいだと
言っても過言ではないのではないか・・・。

次から次へと問題が浮上するのに、
その場で解決しようとせず、官僚まかせで先送りに加担し、
半世紀が経った八ツ場ダムはその典型だと思います。
その犠牲になっているのは長野原町であり、納税者です。
 
こういう構図はどこにでも存在し、半世紀にわたる問題が解決されないまま
あらたな、今後半世紀に渡るであろう問題が生まれています。

その原因も、常に、会議メンバーに霞ヶ関が選んだ有識者だけを「有識者」と見なし、
その「有識者」同志は議論をしない、できない、させない、いわゆる
「霞ヶ関ムラ病」に罹った有識者にあると、ツクヅク昨日、感じました。

新旧の問題の双方を、今の世代が解決していかなければ、

次世代は、あたかも累積赤字のように、
八ツ場ダム問題放射能ゴミ問題も抱えることになります。 

学者系?のMLで私はこれまで郷にいれば郷に入るように
とてもおとなしくしていたのですが、
「議論しない学界」に加担することから決別しようと、以下をふっかけ?ました。

利根川流域の「新」問題として、こちらにも情報提供します。

~~~~~~~~~~~

まさのあつこ(政野淳子)です。

意見交換ができれば幸いと思い、インプットします。

指定廃棄物の最終処分場の候補地にされた地域から
以下のように「白紙撤回」が求められています。

矢板市長 高萩市長と共同歩調…処分場問題(2012年10月11日  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/tochigi/news/20121010-OYT8T01603.htm 
最終処分場撤回求め 国会議員らに要望書 矢板市議会 栃木2012.10.13 02:01
http://sankei.jp.msn.com/region/news/121013/tcg12101302020000-n1.htm 

国(環境省)が決めた処分地の決定方法は、愚かとしか言いようのない時代錯誤の押し付けです。報道はされない醜い地域間紛争(押し付け合い)が耳に入ってきています。このままのやり方では、地域社会が壊れ、処分地も決まりません。

このまま「指定廃棄物」やそれ以上の放射能濃度を帯びた廃棄物が放置されれば、住民や労働者の健康被害リスクを放置することもつながります。

ジタバタしても、すでに原発事故は起き、放射能汚染物はそこに存在しています。
無関心ではいけないと「国民が目覚めた」今こそ、オープンでフェアな政策および事業決定プロセスを導入できるときではないでしょうか。

なぜ、そのような方向へ向かっていかないのでしょうか。
どうすれば建設的な方向へ進むでしょうか。考えてみました。

【問題と解決の糸口】

1.マスコミ--現象しか報道しない。

  起きている問題の根本原因がどこにあるのかまで深堀しないので
  読者、視聴者に自分のこととして考える機会の提供につながりません。
  「政治ショー」としてドラマやクイズ番組と同列で右から左へと
  流れていきます。
  また有識者は一過性のコメンテーターとしか登場しません。
  その「現象報道」に続く、根本原因を見せる調査報道に
  力を入れていただきたいものです。

2.市長--「NIMBY」の思考を出ていない。

  「処分地」の撤回という下位の決定事項ではなく、
  その上位の処分「方針」そのものを撤回させ、
  よりオープンで公正な決定方法を再考、採用させるべきところです。
  NIMBYで終わらず、
  「弱者に秘密裏に押し付ける」という国のやり方を転換させる方向、つまり
  環境・健康・社会・経済的な影響があるこうした施策については
  誰もが参加が可能な、関心を高めること可能な決定方法を
  導入すべきだという世論を足もとから作っていただきたいと思います。

↓この記事を読んだ方から
http://www.kinyobi.co.jp/kinyobinews/?p=2508 
相談を受け、以下のような提案を行いました。
◆指定廃棄物の処理に関する解決の道筋
http://seisaku-essay.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2012/10/14/photo_2.jpg

1時間ほどで書き上げたものです。この問題は、
日本社会が抱える問題のすべてを包含していると言っても過言ではなく、
その解決策として機能しうる「あるべき環境影響評価法の姿」を思い描きならが書いたものです。

このようなものでなければ、この根深い問題は、解決すまいと思います。

お時間のある際に、上記◆と下記◆をご覧いただき、ご意見をいただければ幸いです。こうした頭の体操がなければ、この国の貧しい「環境影響評価法」はこの先も環境保全になんら寄与できない法律で終わっていくものと思われます。

◆栃木県における指定廃棄物の最終処分場候補地について(環境省9月3日)
http://www.env.go.jp/jishin/rmp/attach/waste_fds-candidate_tochigi120903-01.pdf 

参考:放射能ゴミの扱いについて(まさのあつこ)
http://seisaku-essay.cocolog-nifty.com/blog/2012/10/post-b059.html 
(↑乱雑なメモ状態かつQ&Aしながらほとんど怒っており恐縮です)

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