65.官のウソと学報の思考停止<河川ムラの場合>
渇水の正体とダム推進の理屈は同じなのでおさらいしておきます。
●渇水の正体
今回の渇水大本営発表は「降雨量が平年の2割程度」という理由で、
利根川の支流・渡良瀬川で用心深く、取水制限を始めるというところからジワジワ始まった。
平成24年8月31日 16時00分【渡良瀬川の取水制限について】
http://www.ktr.mlit.go.jp/saigai/kyoku_dis00000063.html
10パーセント取水制限(上水・農業用水)
開始日時:平成24年9月1日(土) 9時00分~
しかし、↑見れば分かるように、工業用水には影響なし、
田植期なら農家も困るだろうが、収穫期に取水が10%減っても困らない。
野菜はいつになく安く、今年の夏は大豊作(過ぎるくらい)だった。
農業用水については八ツ場あしたの会「利根川の取水制限」の解説をオススメする。
次に利根川上流8ダムについて、渇水対策支部が作られ、渇水キャンペーンを次のように盛り上げていった。
平成24年8月31日 13:00 【準備体制】↓
平成24年9月3日 14:00 【警戒体制】↓
平成24年9月11日 9:00 【緊急体制】↓
本日9時をもって利根川についても一律10%の取水制限
http://www.ktr.mlit.go.jp/saigai/tonedamu_dis00010.html
しかし、本当に利根川に水が足りないなら多摩川から水を買ったらどうだという
代替案に国が耳を真剣に傾けたという話は一切聞かない。
大川隆司弁護士の話(動画13分)→ http://t.co/U06t2niD
(本来、こういう霞ヶ関が思い付かないソフトな提案や知恵を国民から集めるためにも住民参加が重要なのだが、逆に言えば、提案や知恵を取り入れてしまうと新しいダムが一つも必要ないことが分かってしまうから、参加させたくないのだと思わざるをえない。)
つまり、本当に実現したいのは「渇水対策」ではなく、「ダム建設」なのだ。
課題と行動が合理的に結びついていないとき、そこにはウソがある。
● ダム推進の正体
渇水キャンペーンは、常日頃の報道や官学の癒着構造の延長でしかない。
国土交通省関東地方整備局が2010年10月から2011年11月までかけて
八ツ場ダムの検証を行った際もそうだった。
ダムを含む17もの代替案には、大川弁護士が提案するような、
隣の多摩川から水を買う話は一つも含まれなかった。
静岡県の富士川や長野県の千曲川から導水する
非現実的な代替案との比較しか提示されなかった。
ハズされていた最安値の八ツ場ダム代替案: (←是非ご参照を)
にもかかわらず、マスコミのほとんどは
八ツ場ダム建設が最も有利 国交省整備局が総合評価(共同通信2011/09/13 11:10)
http://www.47news.jp/CN/201109/CN2011091301000243.html
と報じた。
また、その検証が正しかったかどうかを見極める役割を自ら決めた、
今後の治水対策のあり方に関する“有識者会議” は、
これをよしとして、八ツ場ダム建設が最も有利という結論を追認した。
このとき情けなかったのは、“有識者”の顔をした学者が
「この決断というものが科学的な根拠によって出てくるわけでは必ずしもないわけでして、そこはまさに現在の我が国の政治システムなり何なりにおいてきちっとした形で国民の合意を得る形で決めていかなければいけない。」(第21回 平成23年12月7日)
http://www.mlit.go.jp/river/shinngikai_blog/tisuinoarikata/dai21kai/dai21kai_gijiroku.pdf
と、科学的な判断を求められているにもかかわらず、それを放棄したことだ。
日本の今は官のウソと学報の思考停止の上に構築されている。
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