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2012年5月 2日 (水)

12.座長への返事

2012年4月26日は、私にとって、とても忙しい日だった。

午前は、ある識者に取材に出かけた。
ところが関係資料を読み込めないまま、取材の朝を迎えてしまった。
予定を変えてもらうことも考えたが、一か八か行って、失敗した。

電車の中で、シャカリキで準備が間に合うこともあるのだが、
ことの経緯が深すぎて、ダメだった。約束通りに行き、取材を始めたが、
すぐに「申し訳ありません。一旦、中断させてください」と外へ出て
20分あがいて観念し、詫び、また機会をくださいと頭を下げて
不様に退散した。恥ずかしかった。こんなことは初めてだった。

5分でも10分でも、実のある取材ができることが稀にある。でも、
こちらの準備が十分になければ、どれだけ時間をもらってもダメだ。

午後、仕事の打ち合わせが2件。また宿題ができた。
6時の会議に行くのでと、時間を気にしながら、慌てて出た。

ギリギリについたのが、2回目の
第22回今後の治水対策のあり方に関する有識者会議だった。
11でその中身は書いた。
傍聴を希望したのに入れなかった方々のために
その末尾で不十分ながら取材メモも公開した。

その中に(聞こえない)というメモが何度も出てくる。
「聞こえません!」と記者席から叫ぶことができなかったからだ。
叫ぶことができなかったのは、つまみ出されることを恐れたからだ。

なぜならば、第一回目の22回会議で「不規則発言」でもないのに
ある発言を「不規則発言」とみなし、
「同様の行為があった場合には直ちに、退室していただきます」
と書かれた座長からの手紙を、会議の受付で受け取ってしまったからだ。

会議終了後、国土交通職員から
「先に政務三役と委員が退席される間、少々お待ち下さい」と
アナウンスがあり、委員たちの通り道に人間バリケードができた。
ぶら下がり取材を防ぎたいらしかった。

そこで、「会議が終了したので座長にお尋ねします」、と大声で、
手紙が座長によって書かれたものであることを裏トリし、
お返事を申し上げる旨を、これも大声で伝えた。

5,6名いた記者全員が、そのまま会議室内に留め置かれた。
誰も何も言わず、数分が経過し、「まだですか?」との私の問いに対し、
「申し訳ありません」との声があって「軟禁」が解かれた。

河川行政の今後を考えた場合、
河川管理者たちのメンツをつぶすことは得策ではない。
誰も得する者がいない。しかし、私の取材者としての姿勢が問われている。

そして、私が泣き寝入りしたところで、
このままでは総体として河川行政も悪い方向にしか行くまいと判断し、
今後の治水対策のあり方に関する有識者会議の
中川博次座長からの手紙と、私からの返信をここに張り付けておきます。

中川座長からの手紙 「120426_from_prof.Nakagawa.pdf」をダウンロード
私からの返事「120502_response_form_me.pdf」をダウンロード  

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